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紅葉がやってきた

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 近くの公園にも紅葉がやってきた。秋の終わりを告げるように。
紅葉を写すのは意外と難しかった。何度か写して、太陽光を通して写すのが一番きれいにとfれる。
やはり一番きれいに写したい、いつも思っていること。

by minitayori | 2014-10-25 13:55

「ミニタヨリ106」

「ミニタヨリ106」
時間があると、まだ大丈夫と思って先延ばしにしてしまう。少し怠け癖が出てきた。11月1日の結婚式。次の日の日曜日の説教。後一週間、90%準備ができたが後の10%の大切さを、改めて思いだしている。
小石川では朝の教会学校、礼拝、夜の礼拝。その間に信仰入門の学び。飯田では毎日の子供の礼拝、職員の聖書研究。朝夕の礼拝。熊本では子供礼拝、大人の礼拝、夜の礼拝。忙しかったが、一カ月くらい前から計画を立てて、進めてゆくのが楽しかった。
毎日がお話の準備みたいだった。今はそれを懐かしく思える時間が与えられていることを感謝しているが、そののんびりさが緊張を無くしてしまっているような気がする。
体調を整えながら、大切な御用を無事終えるようにと日々祈っている。昔子供に合言葉のように覚えておきなさいと語り続けたことを、今思い出している。
WWJD(イエス様なら、このような時に何をなさったか。どうなさったか。)と考えること。
 
             
                    河野 進牧師
        芽だけで美し
        葉だけで美し
        花だけで美し
        実だけで美し
        一刻一刻が美し
        生命にみちあふれる
        まっすぐな木になりたし

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今、自然の草木や花を写し始めて、一刻一刻が美しい!、と草木をほめ、私もかくありたいと、願いつつ、その日がまだ遠いと思うこのごろです。

by minitayori | 2014-10-25 13:37

白いサザンカ

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 白いサザンカが一つひそやかに咲いていた。周りにはこれから咲く蕾がいっぱいあった。これからが楽しみです。

by minitayori | 2014-10-25 12:27

礼拝に備えて 10月26日(日)  「幼子のごとくに」

10月26日(日) 宗教改革主日 「幼子のごとくに」ヨハネ8章31~36
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8:31イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。
8:32あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」
8:33すると、彼らは言った。「わたしたちはアブラハムの子孫です。今までだれかの奴隷になったことはありません。『あなたたちは自由になる』とどうして言われるのですか。」
8:34イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。罪を犯す者はだれでも罪の奴隷である。
8:35奴隷は家にいつまでもいるわけにはいかないが、子はいつまでもいる。
8:36だから、もし子があなたたちを自由にすれば、あなたたちは本当に自由になる。

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「礼拝に備えて」『幼子のごとくに』

 最近、膝の関節に違和感が出てきたので、階段よりもエレベーターを使うことが多くなった。入口には「高齢者やお子さんを連れた方を優先してください」と書いてある。
 一瞬どうしようかと迷ったものだが、今は自分が立派な高齢者であることを自覚できるようになって、使わしていただいている。時々、ベビーカーの母子や夫婦でお子さんを分担して抱きながら乗ってくる方がいる。
 夏の間は、私は紫外線予防のためにサングラスをしているので、幼子が不思議な目でじっと見ている。気がつくとはずすが、幼子は目が合うとニコ!と笑ってくれる。昔はあまり見たことはなかったが、髭を生やした怖そうなお父さんが赤ちゃんを抱いたり、おぶったりしている光景をよく見るようになった。
目が合って、あまり見ていると泣かれそうな気がするので、時々目をそらしたりしながらみている。幼子があやしくないと思ってくれると目の奥で、微笑みが見える。心が伝わった一瞬が、喜びに変わる。
次週は宗教改革主日。マルティン・ルッターによって教会に大きな転機がおとづれた。その中心は神様への考え方だ。中世の教会では、教会は神様を怖い方と教え、人は神様が喜ばれることをしなければならない、と教えた。教会は神様にお詫びをし、罪の懺悔をする所となった。
しかし、ルターは聖書の示される神様は、まず、神様が先に私達を愛していてくれることを教えてくれた。「私達がまだ罪人であった時に、神様は御独り子イエス様を十字架に付け、私の罪を赦すために、血を流してくださった。」 
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教会に行って私達は十字架を見る。その時神様の声を聞く思いがする。「わたしはあなたのために血を流した・・。」「あなたに私の愛を受けて欲しいと待っている。」混み合っているエレベーターの中で、母の胸で泣きもせずに安らかでいる幼子の姿は、神様の前でこのようにあってよい、という神様のみことばと思える。
事実それこそ、ルターが聖書の中から聞き取り、戦いを通して教会を改革しようとされた宗教改革の心ではなかっただろうか。(~をしなければならない。)ではなく、神様は「そのままで幼子が母の胸に憩うように、わたしの胸に抱かれていなさい。」「ありのままでいいんだよ!」そこに福音の心があると教えたのです。
自分が小さい、何もできないと思っているあなた、神様はあなたを見つめている。「そのままで=幼子のように、神様に委ねてください。」神様は喜んであなたをわが子として抱きしめてくれます。

by minitayori | 2014-10-25 12:24

サザンカ

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 サザンカの花をみると冬が身近になったことを思います。清瀬に引っ越した時周りの垣根が全部サザンカでした。小雪が積もる日も、見事に咲いているのを見て感動しました。間もなくその季節ですね。部屋も寒くなってきました。冬仕度は万全ですか?

by minitayori | 2014-10-25 12:04