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家の壁いっぱいに咲いたピエール・ド・ソワーレ

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 その美しさは言葉に表せないほどだ。壁いっぱいに咲いた花を道行く人は、立ち止まり感嘆の声をあげている。ひと時の感動の瞬間だ。わたしもこの花のように生きてきただろうか。今更ながら反省する。

by minitayori | 2015-05-16 22:37

「ミニタヨリ207」

「ミニタヨリ207」
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 何日か前までは、大雨であったり、冬のコートを出したりしていたのに、ここ数日は夏日や真夏日が続いている。体がついて行きませんね。
 外に出るときには、今日の気温はどれくらい、午後にはどうなる、というのが私達のいつもの会話になってしまった。もっとも最近は非常に便利で、テレビでいつでも天気予報を知ることができる。
 スマートホンでも出きるそうだが、私の眼には見えないし、
扱い方が分からない。普通の携帯電話を使っているが、「ガラケイ」というのだそうですね。
 意味を聞いたら、ガラパゴス・ケイタイ、略して「ガラケイ」なのだそうだ。友人が買って、あまりに使いやすいと言うので、電話店(この言葉自体が古いですね)に行ったら、やはり、字が細かくて見えないし、説明を聞いているうちに、覚えきれないとあきらめて帰ってきた。
 使う本人がガラパゴス的になってきているので、文字盤の携帯電話で済ませようと思った。この携帯でも文字を探すのに苦労している。
 先日、介護保険の申請をし、面接を受けた。曜日を聞かれるよ、と言われていたので、前日まで何度も確認して覚えていたのだが、「あなたの生年月日は?今日は何日ですか?」
と問われて、練習していたのをすっかり忘れ、次に外出しなければならない日のことを答えてしまった。
 認知症の始まりかなー、とちょっと落ち込んでいたら認知症と認定されれば要支援などの認定は受けられるから、と変な慰めを受けてしまった。母は97歳まで頑張った。母似の私はまだ青春が残っていると考えている。頑張ります。
 こんなことが言えるのは元気なしるしだと思ってください。
今まで出会った方々の顔を思い出しながら、祝福を祈っています。
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by minitayori | 2015-05-16 22:18

ピエール・ド・ソワーレ(ばらの名前)

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 散歩道に毎年きれいなバラを咲かせる家がある。たまたま散歩していたらその家のご婦人がバラの手入れをしていた。写真を写させてほしいと頼むと快く許してくれた。夢中で写していると、そのうちの何本かを切り取って家にお持ちください、と言われて感激した。長女に聞いたら「ピエール・ド・ソワーレ」と言って有名なバラきれいに咲かすのがとても大変とのこと。近所の方とそんな話ができて嬉しかった

by minitayori | 2015-05-16 22:05

礼拝に備えて 5月17日 昇天主日

5月17日 昇天主日 ルカ福音書24章・44~53節
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24:44 ・・・
24:45 そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。
24:47 また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、 24:48 あなたがたはこれらのことの証人となる。
24:49 わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

◆天に上げられる
24:50 イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。
24:51 そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。
24:52 彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、24:53 絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。

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「礼拝に備えて」
 今週の聖日は昇天主日、イエス様が天に帰られたことを覚える日曜日です。「しょうてん」には日本語では二つの言葉があって、教会では使い分けている。一つは「召天」、この場合は人間がその生涯を終えて神様の所に召された時に用いる。
 もうひとつは今日つかわれた「昇天」。この言葉はイエス様が天に昇られたことを現す時に用いる。イエス様は私達のために十字架にかかり、葬られ、復活し、そして昇天し、やがて神様の時が来たら、天から帰って来られる。その時には聖なる方として、罪を裁かれる。
 今は、その時に至るまでの間の時、私達にとっては、「恵みの時であり、救いを得ることができるとき」であると教えられる。
今日の昇天主日のみ言には「24:47 また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、 24:48 あなたがたはこれらのことの証人となる。
24:49 わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」
 イエス様が再度来られるまでの間に、弟子たちに与えられた命令が記されている。罪の許しを得させる福音が全世界の
あらゆる国の人々に伝えられる。そのために神様は聖霊を送って弟子たちを支え励ます、と約束される。
 これは教会への命令である。全ての人に、と言われている。私はこの言葉の中に教会に来れない障害者、特にろう者の人々のことを考えた。音楽と言葉の世界ではろう者の人々は阻害されている。教会がこの人々のことを無視していたらイエス様の最後の、弟子たちへの命令を守っていないことになるのではないだろうか。
 昔、NCC(日本キリスト教協議会)で全国の教会に対して、障害者について、またその対策についてアンケートを取ったことがある。そうしたら「私の教会には幸いにも障害者はいませんので・・」という返事がありびっくりした。
 この言葉は今の教会の一部にも聞かれることではないかと思う。人口の10%が障害者、高齢になって障害を持った者を入れればもっと多くの人々が神様の福音を待ってる。助けを必要としている人がいる、このことに心を痛め、せめてその魂の救いのために祈る心を忘れないでほしいと思います。


by minitayori | 2015-05-16 21:54

金魚草

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 我が家の前の通路の床下に、一輪だけ咲いていました。昨年も同じところに咲きました。灰のような土に、水も十分ないのによく咲いたと、いとおしく、、誉めてあげました。根も浅く、ひ弱ですが、がんばるからね!と言っているようでした。

by minitayori | 2015-05-16 21:45