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2016年 06月 10日 ( 5 )

紫陽花(アジサイ)

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 梅雨入りの知らせに、このアジサイを思い出します。晴れた日のアジサイもきれいですが、梅雨にぬれたアジサイはまた一段と輝きを増しています。不思議な花です。露のうっとうしさを吹き飛ばしてくれる不思議な力を持っていますね。

by minitayori | 2016-06-10 20:21

「ミニタヨリ525」

「ミニタヨリ525」
 先日、順天堂大学の眼科に診察に行きました。早朝から50分ほど電車に乗ってゆくのですが、外出が少なくなった私には、旅行のような気分になります。途中で躓かないようにとか、転ばないようにとか、考えると気分的に重くなります。乗り換えにはエスカレーターがあるし、エレベーターもあります。最近は席を譲られることがあります。若い人もやっと座った席を譲るのはしんどいだろうに、と思うと申し訳なくなり、出不精になります。 病院近くの駅について5分ほど歩くのですが、ゆっくり歩くと躓きそうになるので、讃美歌を心の中で歌いながら、リズムに合わせて歩く様にしています。最近は「主我を愛す」を歌いながら、リズムに合わせて歩くと丁度いいようです。
 この朝、向こうの方からにこにこしながら歩いてくる婦人がいました。池袋教会の会員で、今から仕事に行く所で「讃美歌を歌いながら歩くと元気が出るのです。」と話してくれました。実は私も、今「主、我を愛す」を歌いながら歩いているのですよと、それだけの会話でしたが、病院での長い待ち時間の間も、何かほのぼのと元気で過ごすことができました。 大東京の中ではこのような経験は、計画してもなかなかできないことですね。約束しても会えない時があるのですから・・。
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 私のパソコンの横の棚?の上に、胡蝶蘭の鉢が一つ置いてあります。私が祈りの花と呼んでいる胡蝶蘭です。いただいて5,6年になりますが、新しい命はこの中に続いていることを実感させてくれました。花も人もものはすべて時と共に枯れ、老いてゆきますが、その中にも次の世代に何かを残せる新しい花芽を芽生えさせることができるような生き方をしたいですね。
 


by minitayori | 2016-06-10 20:14

タチアオイ

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 近くの都営団地の中を散歩していたら、きれいな花が咲いていた。近くに行ってみたら「タシアオイ」が一面に密生していた。白いタチアオイの中で一本だけ赤いタチアオイが咲いていた。女王様のように見えました。

by minitayori | 2016-06-10 20:08

礼拝に備えて 6月12日

6月12日 聖霊降臨後第4主日 ルカ福音書7章1~10
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7:1 イエスは、民衆にこれらの言葉をすべて話し終えてから、カファルナウムに入られた。:2 ところで、ある百人隊長に重んじられている部下が、病気で死にかかっていた。:3 イエスのことを聞いた百人隊長は、ユダヤ人の長老たちを使いにやって、部下を助けに来てくださるように頼んだ。
7:4 長老たちはイエスのもとに来て、熱心に願った。「あの方は、そうしていただくのにふさわしい人です。:5 わたしたちユダヤ人を愛して、自ら会堂を建ててくれたのです。」
7:6 そこで、イエスは一緒に出かけられた。ところが、その家からほど遠からぬ所まで来たとき、百人隊長は友達を使いにやって言わせた。「主よ、御足労には及びません。わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。:7 ですから、わたしの方からお伺いするのさえふさわしくないと思いました。ひと言おっしゃってください。そして、わたしの僕をいやしてください。
7:8 わたしも権威の下に置かれている者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」
7:9 イエスはこれを聞いて感心し、従っていた群衆の方を振り向いて言われた。「言っておくが、イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。」:10 使いに行った人たちが家に帰ってみると、その部下は元気になっていた。

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「礼拝に備えて」
 聖書を読むとき、この書を書いた人の立ち位置を知るという事が、聖書を理解する時にとても大切だと、同時に自分の今をよく考えて、「主よお語りください。僕は聞きます。」と言う謙虚な心が必要だとこの頃つくづくと思わされています。
 現役の時には、会衆の一人一人の顔を思い浮かべながら、その心に語りかけるように一文字一文字を丁寧に書き続けてきました。最後の6年間は、それまでかたくなに拒み続けてきたパソコンで原稿を書く様になりました。一つは忙しくなり、また眼が悪くなって、走り書きのように書いた文字が見にくくなったこともあります。式文も原稿もA4に拡大し、文字も倍くらいに大きくして、読みやすくしなければならなくなりました。
 そのために原稿の枚数が多くなり、ページをめくり間違えて慌てたこともありました。その様な失敗をしないように、前日には原稿を覚えて、会衆に向かって目を見ながらお話することができました。もっともその前から手話で同時説教をする時は原稿をほとんど見られないので、前日に暗記をしてお話していました。
 でも説教壇から会衆を見ていると、今日どんな気持ちで出席しているかがわかります。目の輝き、顔色、態度から・・。この人にイエス様ならどんなお話をして励まされるだろうか?今日しかない日かもしれない・・。そんな思いで準備したお話から外れることもありました。後で、「今日のお話は私のためにしてくださったのですね!」と言われたこともあります。
 ルカによる福音書を見ていると、ルカと言う人がイエス様をどのように見ていたのか、イエス様がどんなお気持ちでこの話をし、この奇跡をなされたかを考えながらこの福音書を記しているように思えます。時には弟子たちやユダヤ人たちの気持ちと比較しながらみてみるとよくわかります。
 今日の日課では、ユダヤ人たちは少し打算的に考えて、イエス様に癒しをお願いしています。しかし、イエス様はこの百人隊長の部下を思う優しさ、イエス様に対する敬い、謙虚さを受け止めてくださっています。ルカはギリシャ人である自分をも救いの中に入れてくださったイエス様の大きな愛が、同じように注がれていることを、そして、今の私達にも、自らの弱さ、低さ、無力さを知るものにイエス様は大きな愛を持って包み込んでいてくださることを語っています。
 大胆に自分の弱さや無力さを告白し、イエス様の大きな愛に包まれて生きる幸いをいただきましょう。礼拝とはゴット・サーヴィス、つまり「神奉仕」であると言われます。神様が御子を十字架にかけてまで私達の魂の救いのために奉仕してくださった、その事実を受けるときなのです。あなたのために奉仕してくださる神様の愛をみ言からいただきましょう。


by minitayori | 2016-06-10 18:30

テッポウユリ

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 バラの家の前に古いお家があり、その庭にはいろいろな花が咲いている。今日はテッポウユリが咲いていた。暗い庭に白い花が勢い良く咲いていた。

by minitayori | 2016-06-10 18:22