野ユリ

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 アパートの駐車場の車と塀の間の小さな花壇にユリの花が咲いていた。多分のユリだと思います。昔ときどき口ずさんだ歌を思い出しました。

   野に咲くユリの花♪ 
   1、野に咲くユリの花は み神の命のままに
     誰も見ていなくてもきれいに装うでしょう
   2、青空飛ぶ小鳥は み神の命のままに 
     誰も聞いていなくても きれいに歌うでしょう
   3、明日は明日のこと この日を大事にして
     誰も見ていなくても つと絵に励みましょう
   4、夕焼けのもえるころは ユリの花も小鳥も
     ひと日の業を終えて静かに祈るでしょう
   5、み神のむねの中に すべてをゆだねきって
     心からささげましょう 感謝の祈りを


by minitayori | 2016-06-18 20:39 | Trackback | Comments(0)

「ミニタヨリ526」

 「ミニタヨリ526」
 昨日は梅雨らしい、蒸し暑い一日でしたが、今日土曜日は快晴で、30度近くまで気温が上がっています。家の中でも29度を超える暑さです。熊本の被災された方々は、まだ車中泊をしている方もいる、という話を聞きますと、この暑さの中、どんなにつらい思いをしていらっしゃるか、心配になります。
熊本に6年いて、熊本の梅雨の蒸し暑さ、真夏の焼けるような暑さ、冬の底冷えのする寒さを経験してきました。極端な寒暖の差だけに、厳しく感じました。でも、九州特有の、人の心は温かく、いろいろな励ましや慰めを与えられ、良い経験を与えてもらいました。それだけに、この震災を早く乗り越えて、いつもの明るい熊本になってほしいと、心から願っています。
 熊本市という観光都市の真ん中にいましたが、天草や阿蘇の山に、お客様を連れて一緒に行ったくらいで、ゆっくりとした観光は出来ませんでした。でも、教会から散歩程度で行ける熊本城は、私にとって憩いの場でした。梅雨の時期のアジサイ、そして新緑、また桜の時期の城内の散歩は、しばしの息抜きの場所でした。
3年前に結婚式のために訪ねた時、お城の前のホテルを予約してくださり、2泊しました。最後の時と思いつつ、働きが終るとどっと疲れが出て、ホテルからお城を眺めて身体を休めていました。今回の地震でその思い出の城が、大きな被害を受けてショックでした。
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 熊本の人々は強くやさしい。きっと立派に復元してくれると信じ、願っていますが、私はもう、復興した立派な熊本城の姿を見ることはできないでしょう。写真を見ながら記憶をたどり、復興を願っています。
先日病院で検査を受けました。血液検査ですが、悪玉コレステロール値が高いと言われて、ショックを受けて帰ってきました。このコレステロールは、食べ物と運動に注意しなければいけないといわれました。悪玉コレステロールはいろいろな食べ物が原因とされていますが、その一つに「うなぎ」が入っていました。
実は、検査の前日、教会の帰りに近くの安い食堂で「ウナ重」を始めたので、昼食に食べた所でした。小さなうな重でしたが、次の日が検査でしたから、残っていたなーと、頭をカキカキ、お医者さんの注意を聞いていました。これでこの夏は、「うなぎ」は食べられないのかなー、としょげています。
高齢になると、消化しにくくなるのかもしれませんね。50代の頃は、焼き肉の食べ放題で、若い人たちと競争したものですが、最近は焼肉屋にも興味がなくなりました。でも、少量の上質なお肉なら、まだまだ食べたい思いは満々です。食べ物を気にするのは、まだ、生きることに執着している証拠かもしれませんね。執着と言うよりも、生かされている間は、元気に御用ができるように身体を整えるのが、命を委ねられている者の勤めでしょうか。
 昔、中古車ばかり乗り継いでいた時、次回の車検通るかなー、と心配していましたが、こればかりは自分で決めることはできません。修理会社の職人さんの腕と、車検場の人の正確な目が、当否を決めてくれるもの。自分の身体の車検は、すべて神様のみ手の中。安んじていましょう。

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by minitayori | 2016-06-18 20:29 | Trackback | Comments(0)

雨に打たれたアジサイ花

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  梅雨の雨に打たれた紫陽花。まるで雨に化粧されているようでした。花や葉にできた雨のしずくは喜びの涙でしょうか?

by minitayori | 2016-06-18 20:18 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 6月19日 ルカ福音書7章11-17節

 6月19日 聖霊降臨後第5主日 ルカによる福音書7章11-17節
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7:11 それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。:12 イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。:13 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。:14 そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。:15 すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。
7:16 人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」と言った。:17 イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。

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 「礼拝に備えて」
  やもめの息子の蘇生(11‐17)
 先週の、百人隊長の僕の癒しに続いて、今週の日課でルカは、イエス様と一人の母親との劇的な出会いへと、読者を導いています。この短い個所で、ルカは、「母親」と言う言葉を、4回も用いています。イエス様と母親との出会いと会話に、そして、その間に起こった出来事に、私達が心をよせるようにと導いているのです。
百人隊長の僕から、やもめであった一人の「母親」に、イエス様の心が集中していることを示そうとしています。父親を失って、たった一人で、息子を必死に育ててきた母親に、イエス様はその思いを集中しています。ただひたすらに〈憐れに思い〉と、イエス様の人を見るお心が示されてます。この言葉は、イエス様の愛と奇蹟の動機となっています。この言葉は、ヘブル人が感情の座と考えた、「内臓,はらわた」と同語源語で,はらわたが揺り動かされるような深い同情や、あわれみの感情を表しています。
 悲しみにある者にとっては、単なる同情では、その心をいやすことはできません。私が牧会したある教会で、子供の誕生の前から、脳に障害があり、誕生しても生存率が大変低い、と言われた母親がいました。家の近くの、教会の会員の方が経営する保育園の、園長に相談に行きました。「神様が預けてくださった命、私達がお世話しますから、産みなさい。」そう言われて勇気を与えられ、その子を産みました。
その後、母親が教会に来られて、その悩み苦しみを聴く機会が与えられました。寝たきり、言葉も語れない、人形のような娘を、保育園は本当に大事にしてくれました。お母さんは、娘さんにマリアと名付けて、大切に育てました。実際に訪問し、誕生から9年余、その日一日の薬と食事を用意する毎日に、追われているお姿を拝見しました。お母さんは、「たとえ一日しか生きて居れない命でも、神様が私に預けてくださった命、神様のお召しがあるまで、私に与えられた宝として、大切に守って行きます」とおっしゃっておられました。
それから二年ほどして、施設で食事をのどに詰まらせて、昏睡状態におちいりました。お母さんから、この子を神様に返す準備をしたいので、洗礼を授けて欲しいと言われました。早速病院に行き、お母さんと上の娘さんと一緒に話し合いました。「神様にひとりで返すのですか。お母さんやお姉さんが、後で行くからね、と言ってあげれるように、一緒に洗礼はいかがですか?」、私は心をこめて母親に言いました。
緊急を要するので、緊急治療室の器具に囲まれた中で、娘さんの洗礼式を行いました。その後、マリアちゃんは静かに息を引き取りました。葬儀も終わったあと、母親とお姉さんが教会に来られ、マリアちゃんと同じ道を歩みたいと、洗礼を受けられました。e0191585_20133256.gif
 死に勝利する、力ある主は、また,憐れみの主です。今日の聖書では、息子は生き返らせられました。私の出会ったマリアちゃんは、天使に囲まれて静かに召されました。脳に重い障害を持った短い一生でしたが、彼女は精一杯生きて、彼女の果たすべき神様の使者としての働きを、立派になし終えて、召されて行きました。
しばらくして、お母さんは大学で福祉を学び、自分の経験を生かして、命の尊さを多くの方に語り続けています。一粒の麦が地に落ちて、多くの実を結ぶ、マリアちゃんの一生は短いものでしたが、語ることもなく、時々見せるうっすらとした笑顔が、神様に守られていることを、母と姉に伝えていました、
 この世の命を失うことが、死ではないと思いました。召されることによって、新しい命を生み出してくれる、イエス様のお働きを思い出させてくれます。日課の母も息子も、後には死を避けることはできなかったでしょう。でも、イエス様と出会った喜び、イエス様のやさしさは、今も聖書の中に記されて、多くの人々に希望を与えてくれるのです。
イエス様は、死者を生者にして母親に返されました。目撃した人々は、イエス様の内に、神様の力と「あわれみ」を見たのです。そのイエス様は、今もあなたと共に居てくださいます。肉体の死を超えて、新しい神様の国に生きる、喜びと希望を与えてくださいます。あなたも、イエス様の愛に満ちた、優しいまなざしの中で、生きて欲しいのです。新しい希望に生きるために。


by minitayori | 2016-06-18 20:14 | Trackback | Comments(0)

花菖蒲

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 神宮外苑の菖蒲園の花菖蒲。東京に来てすぐんに娘に連れて行ってもらった。一面の菖蒲園に多くの人が見物に来ていた。東京の人の多さを実感した一日だった。数年前だったが。今年行こうかと思ったが、外国の方の見物客が多いとか聞いたので、今年はやめました。

by minitayori | 2016-06-18 20:04 | Trackback | Comments(0)