桜開花

桜開花
青い空に桜、この日東京の桜の開花宣言がなされた。
基準はソメイヨシノという桜で公園の桜の木に咲いた
花の数によって宣言するのだそうだ。花見はここで
充分だ。この花の美しさはこの花だけの美しさだから。
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by minitayori | 2018-03-17 21:29 | Trackback | Comments(0)

「みにたより363」

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現代という時代は、汗して人のために奉仕するということを嫌う時代になってしまった。自分が損をすることは何一つしないという考え方が、人々の心に蔓延してきていると嘆いた人がいます。「奉仕」とか、「奉仕的」とかいう言葉を聞いただけでも、鼻先で笑う人が多い今の世の中です。

しかし、不思議なことに私たちの心には、他を愛することを喜び、他を喜ばすことができたとき、ほのかな心のぬくもりとを、感じるものです。近年起こった菜災害地に入り、ボランティアをした青年たちが、すがすがしい笑顔で喜んで報告していました。これは私たちに与えられた神の恵みであると思います。

 ある少女が、富士の裾野にある病院に入院することになりました。はじめて自分の病名を知った少女の驚きと絶望は、どんなであったでしょう。彼女は自死の誘惑と戦う日々が続きました。ある時、病院を訪問した牧師さんからもらったー冊の聖書を、少女は一生懸命に読みました。そして2年。少女はイエス様の十字架の愛を知り、その愛に包まれている自分を知り、イエス様をを信じるようになりました。

 そんなある日のこと、再診で少女は誤診であったことが判明したのです。少女の心境はどんなでしたでしょう。彼女はこの間の経験を決して無駄にしませんでした。退院した彼女は、東京に出て2年間、看護婦養成所で勉強し、看護婦の資格を得ました。そして自分の家にではなく、自分がもと入院していた病院に看護婦として帰って行ったのです。そして70歳の高齢で死ぬまで、そのー生を病者の杖、病院の柱となって、奉仕の生活を生き抜いたのです。

 私たちももっとゆとりをもって、人々のために奉仕のできる人間、キリストのために愛を担って、奉仕のできる人間になりたいものです。いや、自分自身の心の喜びに正直に生きる人となりたいものです。この時代は、そういう人間を求めていると思うのです。

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by minitayori | 2018-03-17 21:19 | Trackback | Comments(0)

花壇の黄色水仙

花壇の黄色水仙
裏に庭に桜、表には白と黄色のスイセンが咲いていた。こんなに近くに
美しい花があるのを見落としていた。神様の恵みも身近にあるが見落とし
てしまうことが多い。いや神様に目を向けるのを忘れているからだろう

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by minitayori | 2018-03-17 21:09 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 3月18日 受難節第5主日 ヨハネ12章36-50節

318日 受難節第5主日 ヨハネ福音書1236-50
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12:36 光の子となるために、光のあるうちに、光を信じなさい。」

12:44 イエスは叫んで、こう言われた。「わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなくて、わたしを遣わされた方を信じるのである。 12:45 わたしを見る者は、わたしを遣わされた方を見るのである。

12:46 わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た。

12:47 わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。わたしは、世を裁くためではなく、世を救うために来たからである。


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「礼拝に備えて」


 「わたしは、世を裁くためではなく、世を救うために来たからである。」イエス様の十字架の時が間近になって、イエス様のみ言が燃えるような情熱が加わってきました。そのイエス様のお心は、私達が神様の命、永遠の命に至ることを願っての思いです。


 特に今日の日課で「12:47 わたしの言葉を聞いて、それを守らない者がいても、わたしはその者を裁かない。わたしは、世を裁くためではなく、世を救うために来たからである。」とのみ言が木になりました。み言を聞いても守れないことが多い人であっても、イエス様は「その者を裁かない。」と言われました。


 イエス様のお心は、ひたすら、全ての人、そしてあなたへの愛であり、私への愛であることをおっしゃりたいのです。その実現のためにイエス様はひたすら十字架の道を歩まれます。裏切りの弟子達と共に、あざける人々のとの中を、子ロバに乗って歩まれるイエス様。その先に待っている十字架の苦しみをしっかりと見つめて進まれる。


 その人々の中に自分の姿を見出し、心が痛む。昔、青年の頃、何人かの仲間と一緒に当時はやっていたゴスペルソングを歌った。その中に「ドロロッサ=悲しみの道」と言う歌があったのを思いだした。歌いつつ心に熱いものを感じたものです。


改めてこの歌の本を見つけ歌ってみた。イエス様のお心を思うと涙を禁じえない思いがする。あの時の純粋な思いが今も残っていたのか、それとも老いて涙もろくなったのか。私達へのイエス様の思い、しっかりと受け止めたい。



by minitayori | 2018-03-17 21:04 | Trackback | Comments(0)

裏庭の桜

裏庭の桜
このアパートに来て4年になるが、初めて裏庭にある桜の花に
気がついた。ベランダにある桜花、青空にきれいだった。

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by minitayori | 2018-03-17 20:52 | Trackback | Comments(0)