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主に連なる枝は良い実を結ぶ

主に連なる枝は良い実を結ぶ
お見せできなかったキリエの一つだ。熊本のお世話になった
方に差し上げてきた。今も大切にしていてくださるとか。
わざわざ熊本から展示会に来て下さった。感謝!

余ヨハによる福音書15勝1~
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by minitayori | 2018-07-14 22:02

「みにたより368」

「みにたより368」

 35度の暑さが身体に堪える。先週の日曜日には地下鉄のエレベーターを出て、教会へのバスを待っていたら道路が揺らいでいた。暑さでそうなっているのか、私の頭の中でそうなっているのか。最近、目が悪くなり、光の中にいるとめまいがする、体力だけでなく気力も衰えてきたのかもしれない。

 洞窟の中に閉じ込められていた13人の少年たちの全員救出は、世界中に喜びとして伝わった。救出隊員の一人がその途中で事故で亡くなったのに心痛むが。きっと全員救出を彼も喜んでいる事だろう。日本列島、地震、豪雨、台風などにより悲しい知らせばかりだ。災害地に30度を超える猛暑がやってきた。土に埋まる道路やわが屋を茫然として見守る人々。家の中に流れ込んだ土砂をこれからどうするのだろうか。この50年一度の豪雨、と予測できる災害に日本の政府はこの時何をしていたのだろうか。真剣に救助の手を差し伸べて欲しいものです。

 しかし、この異常とも言うべき暑さをとりあえずどう乗り越えるか。みんなが幸せにこの時期を乗り越えられるように、助け合う事でしょうか。身体弱くても今、安住の場を与えられている幸いを、どうしたら共有できるだろうか。災害に合っている多くの人々のために、j管を裂いて祈ることから、何かの行動が生まれてくるように思えますが。
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 豪雨が過ぎ去った日の夜、東京の空は穏やかだった。
雷雲が空を覆っていたが、雲間には満月に近い月が顔を
出していた。明日はきっと晴れ。明るい日、幸せの日が
が来るようにと願う。


 


by minitayori | 2018-07-14 21:49

昼咲き月見草


昼咲き月見草
面白い名前の花だ。近くの取り壊された空き地に咲いていた。
間もなく雑草に覆われるだろうが。頑張ってほしい。
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by minitayori | 2018-07-14 21:37

「礼拝に備えて」7月15日 マルコによる福音書4章26-34節

7月15日 マルコによる福音書4章26-34節


◆「からし種」のたとえe0191585_22011170.jpg


4:30 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」

◆たとえを用いて語る

4:33 イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。 たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

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「礼拝に備えて」

 宣教に携わる人々(弟子達)への励ましと慰めの言葉と思えるイエス様の例えのお話。今と言う時代は宣教の難しい時代だと言われる。しかし、安易に宣教できた時代があっただろうか。

 最近、迫害の中で信仰を守り続けた長崎の建物や信仰継承の貴重な資料等があたらしく世界遺産になった。あの時代の人々の信仰の戦いと苦悩は私達の想像を超えてすさまじいものであった。

 私も熊本にいる時に島原でろう者の修養会をして、キリスト信者が迫害を受けた地獄谷と言われる、熱湯の沸き上がる温泉池を見てきた。この熱湯の中に逆さづりになって責め苦を受けた人々のことをもうと、今の自分達がくろうと思う事のいかに甘いかを感じさせられた。

 また天草のキリシタンの足跡を訪ねてやはりろう者を交えた20余人の集まりで旅を行った。ここでも隠れキリシタンと言う人々が、どんなに苦労をして信仰を守り続けたかを知ることが出来た。

 家の柱の中に切り込んだ十字架、観音像を巧みにマリヤ像に改造したもの。太陽が上がると太陽の光を浴びて十字架が浮かび上がる器などなど。弾圧をのがれて信仰を守ろうとしたひとびとの労苦と血の汗の後を見させてもらった。

 弟子達も、それに続く代々の教会も同じような苦労をしてきた。不インランドの初期の宣教師が住んでいたと言う家を見に行った。下諏訪の町はずれにあった。小さな家がまだ残っていた。この家に住んだ婦人宣教師が二人。石を投げられ、馬フンを投げられつつ恐怖の中で「神様の愛」を伝え続け、立派な信徒を生み出し、下諏訪から自転車で飯田市まで伝道に行かれたと言う

 一昨日、一緒の時に洗礼を受けた友人と電話で話した。いつも最初に出会った宣教師の話になる。人を愛し、イエス様の十字架を通して示される神様の愛を伝え続けていた。喘息を患い、空気のきれいな所に転地しつつ伝道を続けた。最後に喉頭がんで亡くなった。また昨年、ご婦人も天に召された。インターネットで私が投稿すると、必ず返事をくれた。

 足跡は小さいかもしれないが、イエス様が共に居てくださったから、そのまいた種は多くの信者が集まる教会、群れとして今も人々の心に残っている。

時が良くても、神様が愛された人々すべてを愛し継けよう。それが、召された私達の使命だから。生きているのは、時間が与えられている事。その時間をどう使うかが大切。どんなに小さな力でも、神様へのとりなしの祈りが出来る。この心の持てる信徒の集まる教会は、きっと神様の恵みであふれてくる。


by minitayori | 2018-07-14 21:32

空き地に咲いていた花

空き地に咲いていた花
家のすぐ近くに庭を持つ家があった。四季折々に珍しい花が咲いて
楽しませてくれた。その家が建て替えか、撤去され、空き地になって
雑草の茂る一角となってしまった。でもその雑草の中にきれいな花が
咲いていた。名前を調べる時間がなかったが、清楚な花だった。
花は自分の生きるべきところで懸命に咲く。だから美しいのか、

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by minitayori | 2018-07-14 21:24