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愛のプレゼントに

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道端でふと目にとまった赤いバラ。このバラはイエス様からあなたへのプレゼント。わたしとあなたの救いのために流されたイエス様の血潮の色です。そう感じました。

by minitayori | 2012-07-14 21:23

赤いバラをあなたに

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この歌は、私の青春の思い出でもあり、いろいろな時にイエス様に出会わせてくれた歌であり、歌詞です。山内 修さんという方が作詞作曲したゴスペルソングで、最初の教会で青年たちと一緒にギターで伴奏して歌いました。この歌を通して、私だけでなく多くの青年が、イエス様の十字架の意味を考え、洗礼を決心してくれました。

3、葉っぱの しずくで 濡らしてあげよう のばしてごらん あなたの腕を
  イエス様の 十字架の下で マリヤの頬を ぬらした涙が
  あなたの心を やさしくうるおし 救いの恵みに ひたれるように

この歌は、「友よ歌おう」という歌集に掲載されています。素晴らしい歌がたくさんありますのでぜひ手にとって見てください。

by minitayori | 2012-07-14 21:13

ミニタヨリ004

ミニタヨリ 7月15日(日)聖霊降臨後第7主日
聖書 : マルコによる福音書4:26-34
4: 30 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。31 それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、 32蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」 33 イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。 34 たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

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「ミニタヨリ004」(神の国はあなたの中に実る)
 イエス様は人々の聞く力に応じて、多くの例えを用いてみ言を語られた。それは、イエス様の周りに集まっている人々に、神様の御心を理解してもらうためであったのです。ペンテコステの日に弟子たちが聖霊を受けてお話をした時、「人々は自分たちに分かる言葉で、み言が語られ、神様のみ心が分かったことを驚いた。」と使徒言行録2章では語られている。
そこに集まった人が分かる言葉で、それはみ言を語るものが日夜苦労していることです。そのためには集まる人々がどのような言葉で生活しているか、会衆の理解の仕方、能力を知らなければなりません。それもイエス様のお姿の中に学ぶことができます。イエス様は人々の中で生活し、人々の中から人々の求めを学び知っていました。だから、身近な例でお話しできたのでしょう。
マルコはイエス様の登場に当たって、「神の国は近づいた」と話されました。イエス様が近づくところに神の国がある、それがマルコの教えです。あなたの心に、イエス様がいらっしゃるなら、どんなに小さな信仰でもあなたの心に、神の国は実ってきますよ、と教えています。イエス様ご自身があなたの心の中に住み、命の実を結んでくださるように。貧しくて、小さな信仰だからだめではありません。神様はイエス様を一番貧しいところで誕生させました。その神様は、今あなたの心にイエス様を送ってくださいます。喜んでお迎えする、そうすると自然にあなたの心に神様の国の平安が広がります。

九州の集中豪雨で被災された方々のために、心痛めつつ神様のお守りと祝福を祈ります。福島地方の地震と原発の被害者も、明日が見えないつらさの中に生活していらっしゃいます。同じ日本に住む仲間として、神様のお守りと祝福を祈りたいと思います。祈りは何かの行動を生み出します。どんなに小さくても。そこから始まります。

by minitayori | 2012-07-14 17:49

朝顔

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敷地内に病院と教会がある。来る人々を慰めるために牧師夫妻や信徒の人が花を植えている。大きな花、小さな花、それぞれに違ってみな美しい。神様に生かされているから。
この花の下に、どくだみの花が咲いていた。普通は4枚で、ちょうど十字架の形をしているが少し違和感があってよく見ると5つの花弁だった。あまり見かけないので、ご紹介をします。

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by minitayori | 2012-07-14 17:45

創世記聖研3課1011

3課1011創世記3課10-12
10.エデンの園の平和は、神様と人間との調和によって生まれ、保たれていました。この神様と人間との調和とは、神様の人間に対する大きな愛と、この神様に答えての人間の信頼し、従うと言う信頼関係によって保たれるものであったからです。このことについては創世記の2章を読むと良く分かります。
11.神様は、エデンの園に人間が生きていくために必要なものを、すべて備えて下さいました。食べるものも、飲むものも、何一つ不自由な事はありませんでした。人間には神から託された仕事もありました。しかし、神様は人間にこのエデンの園で、一つだけしてはならない事を与えられました。

<手話訳>
>10.エデンの園の平和は、神様と人間との調和によって生まれ、
*エデン 場所の 平和は 神様 人間 調和(仲良し) 状態によって

>保たれていました。この神様と人間との調和とは、
*続けられていた。 この 神様 人間 間 調和 意味

>神様の人間に対する大きな愛と、この神様に答えての人間の信頼し、
*神様 人間に与える 大きな愛 この 神様の 心に 応答する 委ねる

>従うと言う信頼関係によって保たれるものであったからです。
*神+従う 委ねる 関係 結果 護られ 続く。 

>このことについては創世記の2章を読むと良く分かります。
*この 内容 関して 天地創造の 書 2章 詳しく 読む 分かる。

>11.神様は、エデンの園に人間が生きていくために必要なものを、
* 神様 エデン 場所 人間 生活 必要  いろいろ

>すべて備えて下さいました。食べるものも、飲むものも、
*全部 備えて 下さった   食べるもの 飲むもの

>何一つ不自由な事はありませんでした。人間には神から託された仕事もありました。
*全部あり、 足りない まったく ない 人間 神様 委ねてくださった 仕事 ある

>しかし、神様は人間にこのエデンの園で、
*しかし、 神様 人間 この エデンの 場所 の中で

>一つだけしてはならない事を与えられました。
*一つ だけ する だめ 命令 与えた。
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(聖書手話訳より一言)
 握手をする時、普通、わたしたちは手を広げ、掌を合わせてしっかり握りあいます。心と心が向かい合い、しっかりと結びつく信頼を表しています。手話では左の手を裏向きにしますと、反抗=罪と言う意味になります。向きを変えると、「悔い改め」、そして握手をすると「和解」と言う意味になります。

by minitayori | 2012-07-14 17:34

グラジオラスとアジサイ

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この暑さのせいか、ケアハウスの庭の花が様変わりを始めた。夏の花の準備でしょうか。
でも、まだアジサイの花が頑張っています。今度は夏の花、というようにグラジオラスの黄色の花がその前に、胸を張って咲いていた。
仲良しだね。

by minitayori | 2012-07-14 17:28

バラ イエス様の冠

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赤いバラ(ゴスペル・フォーク) 山内 修作詞
2、小さないばらも 一緒にあげよう さわってごらん 
あなたの指で
  イエス様が 十字架の上で ひたいにかぶった 
イバラの冠が あなたの心を するどくさして 
罪の痛みを 感じるように

by minitayori | 2012-07-07 21:36

ミニタヨリ003

キヨセタヨリ003
  「イエス様の愛は変わらない」
7月8日(日)聖霊降臨後第6主日

聖書 :  マルコによる福音書3:20-30
3:20 イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった 21 身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。 
22 エルサレムから下って来た律法学者たちも、「あの男はベルゼブルに取りつかれている」と言い、また、「悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言っていた。 28 はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。 29 しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」 30 イエスがこう言われたのは、「彼は汚れた霊に取りつかれている」と人々が言っていたからである。

「ミニタヨリ」003 
 やはり「ミニタヨリ」と言うのが慣れ親しんでいるので、この名前で続けようと思う。可能な限り・・。
 次週の日課で、イエス様が身内の人達に誤解され、律法学者たちに誹謗中傷されているお姿が書かれています。しかし、どのような中にあっても、イエス様は虐げられているものを見捨てることはありませんでした。彼らと共に食し、病のあるもの、障害のあるものを愛されました。
イエス様は、「いつもあなた方と共にる」と約束されました。「あなたがた」には、制限はありません。「誰でも私の元に来る者は・・」とすべての人への愛を持たれる方であることを聖書は教えています。
 教会の中でも差別や間違った考えから抜けきれない人もいます。私も少しですが経験をしました。一部の人に、一時期、私が聴覚障害者の人々への牧師になったことを、いろいろ誤解されたこともあります。あえて反論はしませんでしたが、神様にこのようなものが牧師としての働きをしていてよいのかと繰り返し尋ねました。しかし、その度に、「わたしは彼らを愛し見捨てない。わたしに従いなさい。」と言うみ声を聞きました。与えられた羊を愛を持って牧会する、それだけをイエス様に学びながらの日々でした。振り返ると、至らなさの数々に身がすくも思いがしますが、今も、「イエス様に習いつつ」出会う人々を愛し、見捨てないでいたいと、共に歩むものでありたいと思っています。読んでくださるあなたにも、主にある愛を持って祝福を祈りつつ。

by minitayori | 2012-07-07 21:26

アガパンサスの花

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ケアハウスの玄関のところにアガパンサスのはながさいた。この花の名前の由来が、「アガペー」=神様の犠牲的な愛を表わす言葉=と聞いてから改めてこの花が好きになった。この花がこの敷地内にはあちこちに咲いている。このケアハウス全体が神様の愛に守られるようにとの祈りのようだ。

by minitayori | 2012-07-07 21:23

創世記聖研3課8,9

3課0809創世記聖研3課8-9の手話訳

8.では聖書はこの問題について、どのように教えているのでしょうか。聖書は、人間の社会の問題の原因は、人間の外側にあるのではなく、内側、つまり、人間の心にあるのだと教えています。聖書は、人間の不幸の原因は、その置かれた状況にあるのではなく、人間自身の中にあると、その根本原因にまで遡って考えようとしているのです。
9.簡単明瞭に、はじめ、人間が神様と一緒にいた時、幸福であった。だから、今、不幸なのは、人間が神様と一緒に生きようとしていないからだ、と考え、教えているのです。創世記3章は、このことを具体的な例話によって語っています。ここにはエデンの平和が、何に失われたかを示すと共に、どうしたらそれが再び回復されるか、と言う答えおも与えていてくれます。

<手話訳>
>8.では聖書はこの問題について、どのように教えているのでしょうか。
*  聖書 今の 問題 関して  何 内容 教えて いるか?

>聖書は、人間の社会の問題の原因は、人間の外側にあるのではなく、
*聖書  人間 社会 いろいろ 問題 理由 人間の 心 外に ある 違う

>内側、つまり、人間の心にあるのだと教えています。
*中 その意味 人間の 心の 中に ある 教えている

>聖書は、人間の不幸の原因は、その置かれた状況にあるのではなく、
*聖書  人間 不幸 元は  人 居る 状態の 中に ある 違う

>人間自身の中にあると、その根本原因にまで遡って考えようとしているのです。
*人間 自分 心の 中 ある その 根本 理由 深く 掘り下げて 考える

>9.簡単明瞭に、はじめ、人間が神様と一緒にいた時、幸福であった。
* 簡単 はっきり 初め 人間 神 一緒 時  幸福 あった。

>だから、今、不幸なのは、人間が神様と一緒に生きようとしていないからだ、と考え、
*だから 今 不幸 変わった 理由 人間 神と 一緒 生きる やめた 理由 考え 

>教えているのです。創世記3章は、このことを具体的な例話によって語っています。
*教えて ある。 天地 創造の 本 3章 この 内容 よく分かる 例え 教える。

>ここにはエデンの平和が、何に失われたかを示すと共に、
*この場所 エデン 中の 平和 何 結果 失われた か 教える 一緒に

>どうしたらそれが再び回復されるか、と言う答えおも与えていてくれます。
*何 方法 によって 再び 始める か と言う 答えも 書いてある。


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(手話訳から一言)
 旧約聖書の時代は今のような誰でもが持てる書籍はありません。そのために長老が、家の主人が子供たちに代々、神様の教え、信仰の大切さを「口伝」、お話で伝えていました。分かりやすい、具体的な、覚えやすいお話を通して、神様への信仰と神様に従う信仰の大切さを教えていました。荒野で羊を飼い、移動して生活する遊牧の民にとって、どこにでも共にいて見守ってくださる神様への信頼は欠くことのできない心の支えでした。しかし、現実には、富の格差や、争いがあり、命に危険もありました。なぜ人はこんなに醜い争いや自己本位の心を持っているのだろうか。そういう疑問を、聖書はやさしく説明しようとしていてくれます。このことは現代でも同じです。人間の醜さ、争いや偽りの横行、自己中心の結果起こるさまざまな矛盾。貧富の差や人間存在の価値の差、尊厳が否定される社会の不条理さなど。心を痛める事柄はいくらでも私たちの周りにあります。私たちは運命とか諦めによって解決してはいないでしょうか。でも聖書は、その原因は神様と人間との関係の破壊によって生まれたと教えています。神様に従う心、神様に聞く心の喪失。そして神様の愛を受け取る心、感謝する心の喪失が、人間を身勝手にし、不幸の原因を造っている、と教えています。イエス様はその御生涯を通して、神様に従い、神様の愛を示すために十字架をも担われました。「御心をなしたまえ」という十字架を前にしての祈りは、完全な神様への従順を示しています。そして、十字架は私たちの神様への不従順を正す神様の愛のしるしとして記されています。この愛は、あなたの今までの不従順を赦すための愛です。そうですあなたは愛されています。神様の大切な宝です。今でも。

by minitayori | 2012-07-07 21:18