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椿?

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 買い物に行く道路わきに椿とサザンカの木がある。目の悪い私には花だけみるとよくわからないが散り方が違う。満開になると潔くぱらぱらと落ちるのが椿、寒くても雪が降っても必死のこらえながら花を咲かせ、風に吹かれて落ちてゆくのがサザンカの花。私がどちらの生き方も好きだ

by minitayori | 2016-12-03 21:02 | Trackback | Comments(0)

「みにたより280」

 「みにたより280」
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 この時期になると、いつも思いだされることがあります。
それは最後の任地である熊本教会での最初のクリスマスです。婦人会の方々がクリスマス主日礼拝と祝会のために、いろいろと心を配って働いてくださいました。ある方が最後まで片付けて、夕闇の迫り始めた時帰って行かれました。「ご苦労様!またイブ礼拝でお目にかかりましょうね。」と言って笑顔で別れました。
熊本教会での初めてのクリスマスイブ礼拝。6時から始まって3回のイブ礼拝が計画されていましたので、心の準備が必要でした。ところが、その日の早朝、電話で起こされました。「母が急死したので、すぐ病院に来てほしい。」と言う事でした。病院に駆けつけると、二日前に別れたばかりのあのご婦人が亡骸になって横たわっていました。イブ礼拝が終わり、次の日、そのご婦人の棺はクリスマスの飾りの中に安置され、通夜、葬儀が行われ、クリスマスのきれいな飾りの中、旅立たれました。
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お子さんから、「お母さんは、クリスマスの時には必ずパッチワークの靴下を作って、その中にプレゼントを入れて、孫たちに渡してくれたのですよ」と教えられました。なぜ靴下なのか、と考えて調べてみますと、クリスマスのシンボルの一つに靴下がありました。それは靴下が一番汚れているもので、その一番汚れている心にも、救い主イエス様が来てくださる、という事を表しているとありました。そのご婦人は、孫たちにそのことを教えたくて、何カ月も前から手作りの靴下を用意して、クリスマスに贈り物としていたのですね。
今は、お孫さんたちは成長して、人に仕え、愛されるクリスチャンとして、社会人として生活しています。ご婦人の真摯な信仰生活が、子供、孫たちに受け継がれていることを時々耳にして、あの時は夢中でしたけれど良い経験をさせていただいたと感謝しています。「また会いましょうね!」と心でつぶやきつつ。
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by minitayori | 2016-12-03 20:52 | Trackback | Comments(0)

ニゲラ?

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 鉢植えの花を見つけました。クレマチスかと思いましたが少し違うようdす。名前を間違えては失礼かと思い何冊かある花の図鑑を調べましたがどうも季節が合わない。花の様子はニゲラという花に似ていましたので「まちがったらごめん!でも、きれいだよ!」と謝りながらこの名にしました。家の人がおひさまに当ててあげようと外に出したのかもしれません。秋の日差しの中でした。

by minitayori | 2016-12-03 20:44 | Trackback | Comments(0)

礼拝に備えて 12月4日 待降節第2主日 マタイによる福音書3章1~12節

12月4日 待降節第2主日 マタイによる福音書3章1~12節
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◆洗礼者ヨハネ、教えを宣べる
3:1 そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、
3:2 「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。
3:3 これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」
3:4 ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。:5 そこで、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、:6 罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。:7 ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。:8 悔い改めにふさわしい実を結べ。:9 『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。
3:10 斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。
3:11 わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。:12 そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」

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  「礼拝に備えて」
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 先日、整形外科にリハビリに行きましたら、玄関にクリスマスツリーが飾ってあって、点灯された電飾がきらびやかに輝いていました。クリスマスシーズンになると、何か祝いたい気持ちになるのだろうと思ったり、その気持ちを患者さんにも持ってほしいとの、病院側の好意と受け止めて、ほほえましい気持ちになりました。
 しかし、このアドベントの時期は本当にめでたい時なのだろうかと、ふと自分に問いかけてみました。どこかの礼拝に出席した時、この時期を祝いましょうというメッセージを聞きました。アド=ある方向に、ベント=行く・または来るという意味。それはかつてキリストが来られた誕生を祝うと同時に、再びこられるキリストと再会するときなのです。その時の備えができている人だけが、クリスマス・キリストとの再会を喜び、キリストと共に神の国へと凱旋することができるのです。
 その準備に一番必要なものは、イエス様が私達のために準備してくださった、十字架の贖いのみ業を受け入れることなのです。神様のあなたへの愛が、キリストの十字架として凝縮して示されているのです。
アドベントに入ると、教会では聖壇の所にクリスマス・リースが飾られます。なぜでしょうか。柊でできたリースの輪は、イエス様が十字架の前にかぶせられた茨の冠を表しています。そこには赤い柊の実が付けられています。それは、イエス様が茨の冠をかぶせられて流された血を意味しています。
私達はこの神様の救いの業が、世界のすべての人に与えられ、一人も漏れることなく、クリスマスを本当の意味で{おめでとう!}と言って祝えるように、全ての人々の救いを祈りつつこの時期を過ごしていきたいと思います。
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by minitayori | 2016-12-03 20:31 | Trackback | Comments(0)

花壇のパンジー

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 アパートの駐車場の小さな花壇に今年もパンジーの花が咲き始めました。隣室のご婦人が毎年植え替えていて下さる。花をめでることのできる人は心優しき人。その通りです。

by minitayori | 2016-12-03 20:15 | Trackback | Comments(0)